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2009.02.21 Saturday



18.回送
乗客を降ろし大分駅をゆっくり出発する富士。
戦前の東京−下関間の特急列車に日本初の列車名称「富士」が付けられました。
それから東京−九州間、さまざまな旅人を運び続けた伝統のある特急「富士」は平成21年3月に運行を終えます。
静かに去っていく「富士」の後姿に寂しさを感じました。


昭和4年9月、特急1・2列車に「富士」と命名。同時に特急3・4列車にも「櫻」と命名している。これは日本初の列車愛称であった。
「富士」は戦前の日本を代表する列車となった。この当時は1・2列車は一等・二等車のみ、そして特急3・4列車は三等車のみの編成であった。最後尾の一等展望車にはテールマークが取り付けられている。
またこの当時は、「富士」の終着駅であった下関から当時日本領であった朝鮮の釜山へ、国鉄(当時の呼称は鉄道省)による鉄道連絡船の関釜航路が運航されており、そこから先の鉄道・航路と連絡し、朝鮮、満州、中国、さらにはシベリア鉄道を経由してパリ(フランス)、ロンドン(イギリス)に至るまでの国際連絡運輸が行われていた。「富士」はその一翼を担うことにもなるため、当時の日本における威信・サービス・設備の最高水準が盛り込まれていたのである。例えば、展望車には「桃山式」と呼ばれる装飾が施されてソファー・書棚が置かれていたり、他の当時の多くの列車の食堂車が「和食堂車」であったのに対して、「富士」は高貴な「洋食堂車」を連結したことなどがその例といえる。
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Category : [旅]2009.2 富士乗車記


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